大学院理学研究科 理学専攻 物理科学領域
理学部物理学科
ナノ磁性・スピン物性研究室(J研究室)

魅惑のナノスケールの世界

電子は電荷に加えてスピン角運動量を持ちます。このスピン角運動量の間の静的、動的な相互作用が織りなす多彩な現象は磁性と呼ばれ、物性物理学の中心的な話題として今なお多くの研究者を魅了してやみません。物質を単純なモデルで表現してその本質だけを抽出することで、多様な磁性の起源に迫り新奇物性を予測することは、正に物性物理学の真骨頂と言えるでしょう。一方で、単純なモデルで表現することが困難な場合も、現実の物質の世界では多々見受けられます。その発現の舞台となるのが表面や界面などに代表されるナノスケールの物質の世界です。通常、大きな物質の中では電子は表面や界面の存在に気がつくことなく並進対称性を持つ結晶格子の中を運動しますが、薄膜やナノ粒子のように空間的に制限された領域に閉じ込められると、表面・界面、また領域のサイズを感じるようになり、大きな物質とは質的に異なる磁性が発現するようになります。表面・界面では空間的な反転対称性が破れ、スピン角運動量に加えて軌道角運動量が露になり、軌道角運動量とスピン角運動量の間に働く特殊相対論的な効果であるスピン-軌道相互作用が、大きな物質には現れない新たな現象を顕在化させることもしばしばです。このようなナノスケールにおける特異な磁性やスピン物性を見出し、その起源を探究するのが私たちの研究のターゲットになります。
 一方で、ナノスケール磁性研究は、大きな物質ではアプローチできない新たな研究領域に迫る従来にない方法論を提供するという別の側面も持ち合わせています。その最大の特長が、電子の環境を人工的に自在に制御し、作り出すことができるという点です。上の例で言えば、界面を人工的に形成しスピン-軌道相互作用の大きさを制御することで、 Dzyaloshinskii-Moriya相互作用に起因して発現するトポロジカル不変量を持つ微小ならせんスピン構造(スカーミオン)やそれに伴う局所磁場が誘発するトポロジカルホール効果等が見出されます。このような磁性やスピン物性の物理に迫るための舞台を思いのままに設計するアプローチは、物性物理学の域に留まらず、新しい未知の磁性体や新機能の創出を通して工学的な研究の基礎を提供することにも繋がります。広くはスピントロニクスと呼ばれるこの研究領域は、物性物理学と工学とが両輪となって協奏曲のように掛け合いながら凄まじい勢いで現在進展しています。しばしばスピングラス磁性の物理と関連づけて議論されるニューロモーフィックの物理への展開も始まろうとしています。ナノ磁性・スピン物性研究は、世界的に益々活況を呈していますが、現在、我々の研究室では、電子スピンと他の秩序変数、また、それに対応するゆらぎ・素励起の間の相互作用とその変換の物理に着眼した研究を主に推進しています。以下にいくつかの例を示します。

準粒子の伝播とトンネル現象

強磁性の低エネルギー励起状態にはスピン波と呼ばれる素励起があります。スピン波は原子スピンに加えられた熱的、磁気的な摂動が交換相互作用や静磁相互作用を介して強磁性体中を伝播する現象で、その量子化したものはマグノンと呼ばれます。マグノンは強磁性体中を減衰しながら伝播しますが、伝播経路にマグノンにとってのエネルギー障壁を人工的に形成できれば、マグノンのトンネル効果を観測できると考えられます。例えば、反強磁性体等はマグノンのエネルギーがTHzの領域に位置し、強磁性マグノンにとってはエネルギー障壁として機能することが期待されます。一方で、強磁性体と反強磁性体との接合界面では、スピンポンピングやスピンホール効果等を介したスピン波スピン流の変換現象も発現し、単純には理解できません。このようなマグノンの伝播,変換現象の物理の解明に取り組んでいます。

 
 
 
 
 
 

マルチフェロイクスと交差相関

時間反転対称性の破れにより特徴づけられる磁化と空間反転対称性の破れにより特徴づけられる電気分極が一つの物質内に共存する物質が稀に見られ、磁化と分極の二つの強的変数の共存の意味でマルチフェロイクスと呼ばれています。マルチフェロイクスでは、磁化と電気分極が磁場、電場にそれぞれ応答することに加えて、磁化が電場に、電気分極が磁場に対して応答を示します。これは二つの強的変数の間に交差相関が存在することに起因しています。複数の強的変数の間の交差相関の発現機構を明らかにするためには、人為的に交差相関の発現の場を設計・創製することが必要です。私たちはこの発現の場を物質の界面を利用して創出し、強的変数の間の交差相関のメカニズムの解明を目指しています。これにより、電気で磁化を操作するための原理やスピン波伝播モードの切り替え原理を提案しています。

スピン流と近藤状態・磁気秩序との相互作用

強磁性体と常磁性体、反強磁性体等の異種の物質との接合界面を介して電流を流すと、スピン偏極率と電気伝導度の相違に起因するスピンの蓄積が生じます。このスピン蓄積はスピン角運動量の流れ(拡散スピン流)として物質中を拡散してゆきますが、この拡散スピン流が物質中の原子スピンと相互作用することで、平衡状態で見られる磁気的な状態とは異なる非平衡磁気状態が発現します。我々は、近藤効果を示す希薄磁性合金にスピン角運動量が流れてゆく場合に、近藤効果の発現の起源であるスピン反転散乱が抑制され、近藤効果が消失する現象を実験的に見出しました。また、反強磁性体をスピン角運動量が流れてゆく際には、伝導電子スピンと局在スピンとの間のスピン角運動量の移行効果(スピン移行トルク)による、反強磁性状態から強磁性状態の遷移現象が発現することを見出しています。

 
 
 

〒464−8602
名古屋市千種区不老町
名古屋大学物理学教室
谷山教授室:理学館416
電話:052-789-2886
学生居室:理学館418
電話:052-789-2870